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東京地方裁判所 平成9年(ワ)26867号 判決 2000年1月31日

原告

右訴訟代理人弁護士

井上庸一

水野英樹

被告

東京魚商業協同組合葛西支部

右代表者支部長

被告

東京魚商業協同組合淀橋支部

右代表者支部長

右被告両名訴訟代理人弁護士

板垣光繁

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  原告が被告らに対し雇用契約に基づく権利を有することを確認する。

二  被告らは,各自,原告に対し,金313万2360円及び平成9年12月25日以降毎月25日限り金26万1030円を支払え。

第二事案の概要

一  本件は,被告らに雇用されていた原告が,被告らが平成8年11月12日にした整理解雇は解雇権の濫用であり不当労働行為であるから無効であると主張して,被告らに対し,原告が被告らに対し雇用契約に基づく権利を有することの確認並びに原告の平成8年12月1日から平成9年11月30日までの賃金として合計313万2360円及び同年12月以降毎月25日限り26万1030円の支払を求めた事案である。

二  前提となる事実

1  東京魚商業協同組合(以下「本件協同組合」という。)は中小企業等協同組合法に基づき設立され,いわゆる町の鮮魚商を主体として構成し,組合員の取り扱う水産物の共同施設及び共同保管などを事業目的とする協同組合であり,被告東京魚商業協同組合葛西支部(以下「葛西支部」という。)は本件協同組合の定款に基づいて設置された支部で,主として東京都江戸川区葛西地区に事業所を有する小売鮮魚商で構成されており,本件解雇当時の支部員は24名であった。被告東京魚商業協同組合淀橋支部(以下「淀橋支部」という。)は本件協同組合の定款に基づいて設置された支部で,東京都新宿区淀橋地区に事業所を有する小売鮮魚商で構成されており,本件解雇当時の支部員は10名であった(本件解雇当時の被告葛西支部及び被告淀橋支部の各支部員の数については<証拠・人証略>,弁論の全趣旨。その余は争いがない。)。

2  東京魚商業協同組合は東京都から東京都中央卸売市場築地市場(以下「築地市場」という。)内の買荷保管所を1平方メートル当たり1か月218円の使用料を支払って賃借し,これを分割して各支部に無償貸与しているが,被告葛西支部及び被告淀橋支部は共同して第87部買荷保管所(以下「87部」という。)を無償で借り受けている(争いがない。)。

3  被告葛西支部及び被告淀橋支部の支部員を主体として淀西会という名称の組織が組織されているが,淀西会には団体としての行動基準を定める規約はなく,代表者の定めもない(争いがない。)。

4  原告は昭和48年に被告らとの間で雇用契約を締結し,87部の買荷保管員として就労し始めた。買荷保管所は一般には茶屋と呼ばれ,築地市場に買い出しに来た鮮魚小売商,寿司店等が仲卸店舗などから買い付けた商品を築地市場から搬出するまでの間一時保管する築地市場内の施設であり,買荷は買い出し人が買い付け先の仲卸店舗などから受け取って携行することによって生じる築地市場内の混乱を避けるために仲卸店舗などから買荷保管所まで専業の配達員(仲卸業者に雇用される配達担当者)の手によって運搬されるシステムをとっている。原告は87部の買荷保管員として87部に待機し,配達員が搬送してきた魚介類などの商品を受領し,これを買い出し人(主として被告らの支部員)ごとに分類,保管し,買い出し人の上がり(市場から退出すること)に際して買い出し人に商品を引き渡したり,買い出し人から依頼された運送業者に商品を引き渡す作業に従事していた(右のような作業に従事する者を以下「茶屋番」という。)。原告の就業時間は遅くとも平成元年以降は午前6時30分から午後0時30分となっている(争いがない。)。

5  築地市場内の各事業所(仲卸業,小揚げ業,茶屋その他)に雇用される労働者は昭和54年に魚市場労働組合(以下「本件組合」という。)を結成した。平成9年11月28日現在の本件組合の組合員数は42名である。原告は本件組合結成当時から本件組合に参加し,平成8年10月31日に開催された本件組合の定期大会において執行委員長に選任され,平成9年11月28日に開催された本件組合の定期大会において執行委員長に再任された(<証拠略>)。

6  被告らの支部員12,3名は平成8年11月12日午前10時30分ころ原告に対し同日をもって同人を解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という。)(争いがない。)。

7  本件解雇当時の原告の賃金は,基本給が11万円,住宅手当が5万円,精勤手当が3万円,特別手当が7万1030円,交通費が1万2610円,合計27万3640円であり,源泉所得税1万3640円を控除した手取り額は26万円であった。原告の賃金は1日から末日までの分をその月の25日に支払うこととされていた(原告の賃金の内訳については<証拠略>。その余は争いがない。)。

8  被告は平成8年11月1日から同月12日までの賃金及び同月13日から同月30日までの賃金相当額の解雇予告手当として合計26万円を原告に支払い,原告はこれを同年11月分の賃金として受領した。しかし,被告が同年12月1日から同月31日までの賃金相当額の解雇予告手当として提供した26万円については原告はこれを受領しなかった(弁論の全趣旨)。

三  争点<原・被告の主張略>

1  被告らは原告を解雇したか。

2  本件解雇は整理解雇として有効か。

3  本件解雇は不当労働行為に当たり無効か。

第三当裁判所の判断

一  争点1(被告らは原告を解雇したか。)について

後記第三の二1で認定した事実によれば,被告らが原告の解雇を決定し,被告らがその支部員12,3名を介して平成8年11月12日午前10時30分ころ原告に対し同日をもって同人を解雇する旨の意思表示をしたことは明らかである。

原告は淀西会から解雇を通告されたことはあるが,被告らから解雇を通告されたことはないと主張するが,証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば,淀西会とは被告葛西支部と被告淀橋支部を総称する意味の言葉として長年使われてきたものと認められるから,仮に被告らの支部員12,3名が平成8年11月12日に原告に対し解雇の意思表示をしたときに淀西会と名乗っていたとしても,淀西会こと被告という趣旨であったことは明らかであるというべきである。右の原告の主張は採用できない。

二  争点2(本件解雇は無効か。)について

1  本件解雇に至るまでの経過について

次に掲げる争いのない事実,証拠(<証拠・人証略>,原告本人,被告葛西支部代表者)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(一) 原告はCとともに87部の茶屋番をしてきたが,Cが平成4年4月に老齢を理由に茶屋番をやめた後は原告が1人で茶屋番をすることになった。原告は2人でしていた茶屋番を1人でするようになれば負担が増えることを理由に賃金の増額を求め,被告らは同年5月から原告の賃金を月額4万円増額し,原告の賃金は月額25万円となった(平成4年5月以降の原告の賃金が月額25万円であることについては<証拠略>。その余は争いがない。)。

(二) 昭和61年4月から昭和62年1月までの原告の賃金は1か月当たり基本給が10万3000円,手当が4万4000円,精勤手当が2万6000円,交通費が1万円,合計18万6000円であったが,原告の基本給は昭和62年1月に昭和61年4月の時点にさかのぼって10万6000円に引き上げられ,昭和62年1月に差額分として3万円が支払われるとともに同年2月から平成2年5月まで月額18万6000円が支払われた。この間に毎年7月に夏期手当が,毎年12月に年末手当が,それぞれ支払われ,その額は,昭和62年の夏期手当が22万円,同年の年末手当が26万円,昭和63年の夏季手当が22万円,同年の年末手当が27万円,平成元年の夏期手当が24万円,同年の年末手当が27万円であった。原告の賃金は平成2年6月から基本給が11万円,手当が5万円,精勤手当が3万円,交通費が1万円,合計20万円に引き上げられ,同年6月から平成3年5月まで月額20万円が支払われた。平成2年の夏期手当は24万円である。原告の交通費は1万円から2万円に引き上げられ,平成3年7月から平成4年4月までは月額21万円が支払われた。平成3年の夏期手当は25万円,同年の年末手当は29万円であった(<証拠略>)。

(三) 原告は平成5年6月13日被告らに対し平成5年度の賃上げ,夏期手当及び年末手当の増額,原告の退職金の原資に充てるために加入している中退金の掛け金の引上げを要求した。被告らは,原告の要求に対し,被告らの支部員の高齢化が進む一方で後継者がなく,今後支部員が減少していくことは確実であり,また,支部員の経営に係る鮮魚店の売上げも減少し続けているという状況の下において,今後原告から賃金の引上げを求められても,被告らがそれに応ずることができないという事態が発生することが予想されたことから,原告の賃金の引上げ額を抑えるとともに原告について定年制を設けることにし,<1>現在の月額25万円を平成5年4月にさかのぼって月額2000円引き上げ,平成6年4月以降原告が60歳に達するまで毎年2000円ずつ引き上げるが,60歳に達した後は60歳に達したときの月額のまま据え置くこと,<2>平成4年の夏期手当4万円及び同年の年末手当35万円を平成5年以降原告が60歳に達するまで毎年5000円ずつ引き上げるが,60歳に達した後は最後に引き上げた年末手当の金額のまま据え置くこと,<3>原告は65歳をもって退職することとし,その場合の退職金として中退金から支払われる金額に約200万円を加算した500万円を支払うこと(本件昇給等の案)を決め,被告らの支部員約10名が平成5年10月17日(日曜日)に棒茅場会館において原告に対し口頭で右の<1>ないし<3>を回答した。その際に被告らの支部員はこれが最終回答でありこれに応じられないのなら他の仕事を探してほしいと申し入れていた。原告は同年11月21日(日曜日)に棒茅場会館において被告らの支部員に対し87部の茶屋の経営を自分に任せるよう求めたが,被告らの支部員はこれを拒否したところ,原告はこれからは本件組合を通じて交渉すると答えて交渉を打ち切った。これまでに原告は被告らとの間で賃金の引上げの交渉を行ってきたが,それらはいずれも個人としての交渉であり,本件組合を通じての団体交渉を求めたことはなかった(<証拠・人証略>,原告本人,被告葛西支部代表者,弁論の全趣旨)。

これに対し,原告は同年11月21日に被告らの支部員に対し87部の茶屋の経営を自分に任せろと言ったことはないと主張しているが,原告は自分の賃金を維持するためには利用客を多数取り込んで原告の賃金に見合うような茶屋の売上げを上げるという考えを持って22回にわたる団体交渉に臨んでいたのであり,現在でもその考えは変わっていない(後記第三の二1(二))というのであるから,原告が個人交渉から団体交渉に切り替えることを明らかにした同年11月21日の時点において既に原告は自分の賃金を維持するためには利用客を多数取り込んで原告の賃金に見合うような茶屋の売上げを上げるという考えを持っていたものと考えられるのであって,証拠(被告葛西支部代表者)も併せ考えれば,前記(三)のとおりの事実を認めることができる。

(四) 被告らと本件組合の間における第1回の団体交渉は平成6年4月26日正午から築地市場内にある厚生会館において行われ,本件組合は平成5年度の賃上げ要求として月例賃金2万円の引上げ(引上げ後は手取りで27万円),夏期手当8万円の引上げ(引上げ後は手取りで35万円),年末手当4万円の引上げ(引上げ後は手取りで40万円),弁当代1万円の新設をそれぞれ求め,被告らは即答を避けた。第2回の団体交渉は同年5月19日正午から厚生会館において行われ,被告らが平成5年度の月例賃金,夏期手当及び年末手当をそれぞれ1万円ずつ増額することを回答したところ,月例賃金と年末手当については妥結したが,夏期手当については妥結しなかった。原告は第2回の団体交渉の際に87部の茶屋の経営を本件組合に任せろと発言していた(<証拠・人証略>,原告本人,弁論の全趣旨)。

(五) 被告らの支部員は第2回の団体交渉を行っている最中に鮮魚を載せた車を厚生会館の前の駐車場に駐車させていたが,炎天下で閉め切った車に鮮魚を載せたままにしていたため鮮魚の鮮度が著しく落ちてしまった。そこで,本件組合から同年5月31日又は同年6月2日に団体交渉を行うよう求められた被告らは休市日ではない炎天下での団体交渉には一切応じないことを決め,対案として同月11日又は同月12日に団体交渉を開催することを本件組合に提案したが,本件組合はこの提案には応じなかった。本件組合は同月2日付けの書面により被告らが同年5月31日又は同年6月2日に団体交渉を開くことに応じなかったことで被告らを非難し,被告らは同月13日本件組合に書面(<証拠略>)を交付して対案として同月19日(日曜日)又は同月22日(水曜日)に団体交渉を開催することを提案したが,本件組合はこの提案に応じなかった。本件組合は同月29日に団体交渉を開くよう求めたが,被告らは同月27日本件組合に書面(<証拠略>)を交付して被告らが同月29日の団体交渉の開催に応じられないことを伝えるとともに,同年7月6日又は同月10日に団体交渉を開催することを提案したが,本件組合はこれに応じなかった。本件組合は同月13日に団体交渉を開くよう求めたが,被告らは同月11日本件組合に書面(<証拠略>)を交付して被告らが同月13日の団体交渉の開催に応じられないことを伝えるとともに,同月17日に団体交渉を開催することを提案した。被告らが団体交渉の日にちとして指定したのはいずれも休市日であったが,本件組合は団体交渉が始まった当初から休市日に団体交渉を行うことには応じられないという立場をとっており,そのことは被告らにも伝えていた。被告らは団体交渉に被告らの支部長を代表として出席させるという方法を採らずに,被告らの支部員の全員参加という方法を採っていたが,被告らが本件組合の指定する団体交渉の開催日時に応じなかったのは,被告らの支部員の中に団体交渉に出席できない者がいるという理由ではなく,炎天下で閉め切った車に鮮魚を積んだまま団体交渉を行うと,車に積んだ鮮魚の鮮度が著しく落ちるので,そのような時間帯での団体交渉には応じられないという理由であったが,本件組合は被告らが団体交渉を拒否し引き延ばそうとしていると受け取り,被告らが本件組合の指定する日時に団体交渉に応じないのは団体交渉の拒否であり不当労働行為であると非難していた(<証拠・人証略>,原告本人)。

(六) 原告をはじめとする10人ほどの本件組合の組合員は同年7月13日抗議文を持って被告葛西支部の支部員であるIの店に行き,営業中の店の前に1列に並び20分以上も大声で叫んで団体交渉を早期に開催することなどを求めた。本件組合の組合員は同日被告葛西支部の支部員であるD,E及びFの店にも行き同様の抗議を行った。本件組合の組合員は同月20日に再び抗議文を持ってIの店に行き店の前に1列に並んで大声を出して同様の抗議を行った。本件組合の組合員は同日被告葛西支部の支部員であるG,H及びEの店にも行き同様の抗議を行い,同年8月22日にもI及びEの店舗に行き同様の抗議を行った。本件組合の組合員による抗議に閉口した被告らの支部員は本件組合から求められた同月25日の団体交渉には応じなかったものの,対案として休市日ではない同年9月7日又は同月10日の団体交渉の開催を申し入れ,同月7日に団体交渉が行われることが決まった(<証拠・人証略>,原告本人)。

(七) 第3回の団体交渉は同年9月7日午前11時30分から厚生会館において行われ,本件組合は団体交渉の冒頭から被告らが同年6月から同年8月までの3か月間に団体交渉を拒否したことについて謝罪するよう強く求め,被告らは団体交渉を拒否した覚えはないとして謝罪を拒否した。団体交渉はこれ以後19回にわたって行われ,第4回の団体交渉が同年10月5日に,第5回の団体交渉が同年11月10日に,第6回の団体交渉が同年12月1日に,第7回の団体交渉が平成7年1月19日に,第8回の団体交渉が同年2月15日に,第9回の団体交渉が同年3月15日に,第10回の団体交渉が同年4月19日に,第11回の団体交渉が同年5月17日に,第12回の団体交渉が同年6月21日に,第13回の団体交渉が同年7月19日に,第14回の団体交渉が同年8月30日に,第15回の団体交渉が同年9月20日に,第16回の団体交渉が同年10月18日に,第17回の団体交渉が同年11月15日に,第18回の団体交渉が平成8年2月22日に,第19回の団体交渉が同年4月26日に,第20回の団体交渉が同年6月20日に,第21回の団体交渉が同年8月10日に,第22回の団体交渉が同年9月19日に,それぞれ行われたが,第3回の団体交渉以降の団体交渉において本件組合がほぼ毎回求めていたのは,被告らが同年6月から同年8月までの3か月間に団体交渉を拒否したことについての謝罪であった。また,第10回の団体交渉では原告について特別減税による所得税の戻り分の返還を本件組合から求められるということがあり,被告らは原告の賃金は手取額を支払ってきており源泉徴収税は被告葛西支部が負担してきたことを理由に返還を拒否したが,その後の団体交渉において毎回本件組合から返還を求められたので,被告らが平成8年1月22日に所得税の戻り分を原告に交付したところ,今度は3か月間の団体交渉の拒否に対する謝罪の外に所得税の戻り分の支払が遅れたことについても謝罪するよう求められるようになった。このような中で,原告の労働条件に関する本件組合の要求としては,第3回の団体交渉において平成5年度の夏期手当の引上げが,第5回の団体交渉において平成6年度の月例賃金,夏期手当及び年末手当の引上げ並びに弁当代の新設が,それぞれ求められたが,被告らはその場でいずれも応じられないと即答しており,本件組合もこれらの問題について重ねて被告らの回答を求めるということはなかった。第17回の団体交渉ではそれまで妥結していなかった平成5年度の夏期手当が被告らの提案を本件組合がそのまま受け入れる形で突然妥結した。また,本件組合のJ副委員長及び会計担当のKが第5回の団体交渉の際に87部の茶屋の経営を本件組合に任せろと発言したことがあった(<証拠・人証略>,原告本人)。

(八) 被告らは原告の賃金の引上げ,定年及び退職金について本件組合との団体交渉によって決着させようと考えていたが,団体交渉は毎回本件組合からの謝罪要求に終始しており,殊に定年及び退職金の問題については団体交渉が行われてから一度も話合いの対象として取り上げられていなかった。そこで,被告らは第20回の団体交渉において本件組合に対し第三者機関での話合いを提案したが,本件組合は第22回の団体交渉において第三者機関での話合いを拒否すると回答した(<証拠・人証略>,原告本人)。

(九) 被告葛西支部は同年10月12日に支部員を集めて会合を持ったが,その会合の当日に被告葛西支部の支部員であるMから同年12月をもって廃業し退会する考えであることを聞かされた被告葛西支部長であるAは,かねてからMを含む4名の被告葛西支部の支部員から廃業退会を考えていることを聞いていたことから,Mの廃業退会の件を当日の会合の席で出席者に話したところ,出席者の1人であるHが自分も近々廃業すると発言したため,出席者にこのまま廃業退会者が続出すれば被告葛西支部は存続することができなくなるという不安感が一気に膨らんだ。そこで,Aは出席者に臨時総会の開催を提案してその了解を得,同月27日に被告葛西支部の臨時総会を開催した。臨時総会では,被告葛西支部の支部費を値上げするとか,淀橋支部の負担率を4割に上げるという意見が出されたが,いずれも現実的ではないという理由で退けられ,被告葛西支部を存続させるには原告を解雇するほかないという結論に達した。被告葛西支部は右の臨時総会の結論について被告淀橋支部の意見を求め,同被告はこれを了承した。そこで,この決定に基づき被告葛西支部の支部長であるA,被告淀橋支部のN及び被告葛西支部の支部員約10名が同年11月12日に本件解雇に及んだのであり,その際原告に対し同年12月分までの賃金を支払うつもりであること,中退金の退職金の支払が受けられることを伝えた(本件解雇の際に原告に伝えた内容については争いがなく,その余は被告葛西支部代表者)。

(一〇) 被告葛西支部が87部の維持費の8割を,被告淀橋支部が87部の維持費の2割を,それぞれ負担しており,被告葛西支部は87部を買荷保管所として利用している支部員の支部費及び利用客の利用料を87部の維持費に充て,被告淀橋支部は87部を買荷保管所として利用している支部員の支部費及び支部員及び利用客が87部を買荷保管所として利用した場合に支払う保管料を87部の維持費に充てていた。被告葛西支部の支部員及び利用客の数は別紙2<略>のとおり推移している。本件解雇当時の被告淀橋支部の支部員は10名であったが,現在は9名である。被告淀橋支部の支部員で87部を買荷保管所として利用しているのは長らく3名だけであり,被告淀橋支部の利用客は平成8年に至り順次4名が利用をやめたため5名しかいない。被告葛西支部はその会計資料に基づいて被告葛西支部の収入と人件費の推移を別紙6のとおりまとめている(<証拠・人証略>,原告本人,弁論の全趣旨)。

(一一) 徐々に被告らの支部員や利用客が減少しつつあることを認識していた原告はそのような状況の下で自分の賃金を維持するためには利用客を多数取り込んで原告の賃金に見合うような茶屋の売上げを上げるべきであると考え,そのような考えを持って22回にわたる団体交渉に臨んでいたのであり,現在でもその考えは変わっていない(原告本人)。

2  以上の事実を前提に,本件解雇の効力について検討する。

(一) 本件全証拠に照らしても,被告らが原告を雇用するに当たって原告を解雇すべき事由について合意したことや被告らが就業規則を定めていてそこに解雇すべき事由を定めていることは認められないのであるから,解雇は本来自由になし得るものであることに照らし,被告らは単に解雇の意思表示をしたことを主張立証すれば足り,解雇権の濫用を基礎づける事実については原告がこれを主張立証すべきことになる。

ところで,本件においては被告らが本件解雇は整理解雇であると主張しており,原告はこれを争っているが,右に述べたことからすれば,被告らは解雇の意思表示をしたことを主張立証すれば足り,解雇の理由について主張立証する必要はなく,かえって原告において解雇権の濫用を基礎づける事実として解雇が理由らしい理由もないのにされたこと,すなわち,本件に即して言えば,原告には解雇に値するような行為や落ち度は何もないことを前提に被告らの経済的事情に照らしても原告を解雇する必要性はなかったことなどを主張立証する必要があるというべきである。

したがって,以下においては,右に述べた観点から,本件解雇に当たって原告には解雇に値するような行為や落ち度は何もなかったことを前提に被告らの経済的事情に照らしても原告を解雇する必要性はなかったことなどが認められるかどうかについて検討する。

(二) 前記第三の二1の事実によれば,被告らは本件解雇当時には被告らの支部員や利用客の減少が続くという状況の下においては原告を雇用したままでは被告らの存続が危ういという認識を有しており,専らこの認識に基づいて平成8年11月12日の時点において原告を解雇することにしたわけであるが,被告葛西支部の支部員及び利用客の数の推移によれば,本件解雇の時点において,仮に支部員や利用客の減少が続くという状況の下で原告の賃金の引き上げが続くとすれば,いずれ原告の賃金の支払に充てる原資を調達できなくなるおそれがあったということはできるものの,本件解雇の時点において直ちに原告を解雇しなければならないほどに被告らの支部の財政がひっ迫していたことまで認めることはできない。したがって,被告らが平成8年11月12日に本件解雇に及んだのは性急であったといえないでもない。

しかし,前記第三の二1の事実によれば,被告らは平成5年10月17日に原告の賃金の引上げ,定年及び退職金について原告に提案したところ,原告が同年11月21日に本件組合を通して交渉すると回答したので,被告らは本件組合との団体交渉によって原告の賃金の引上げ,定年及び退職金について決着させようと考えて団体交渉に臨んだところ,22回にわたり行われた団体交渉においては専ら原告の賃金の引上げだけが話し合われたにすぎず,定年及び退職金については話合いの対象として一度も取り上げられなかったのであり,しかも,原告の賃金の引上げについても被告らが考えているような原告の定年と結合させて今後の原告の賃金の引上げ額を確定させるというものではなく,各年度ごとの原告の賃金の引上げ分をその都度決めるというものにすぎなかったのであり,また,原告の賃金の引上げが妥結したのは平成5年度のみであり,平成6年度については本件組合から要求はあったものの,被告が拒否した後は議題にも上らなくなり,平成7年度及び平成8年度の賃金の引上げについては本件組合からの要求すらなかったのであり,その上,団体交渉における本件組合の要求は本来団体交渉の対象とは成り難い謝罪の要求に終始しており,被告らが本件組合に第三者機関での話合いを提案しても,本件組合はこれを拒否したというのであるから,このような状況の下では被告らとしては本件組合との間で原告の労働条件について団体交渉を重ねても意味がないと考えたとしても,無理からぬところであるということができる。

その上,原告は徐々に被告らの支部員や利用客が減少しつつある状況の下で自分の賃金を維持するためには利用客を多数取り込んで原告の賃金に見合うような茶屋の売上げを上げるべきであると考え,そのような考えを持って22回にわたる団体交渉に臨んでいた(前記第三の二1(二))というのであり,原告をはじめとする本件組合の組合幹部は団体交渉の前及びその最中に87部の茶屋の経営を本件組合に任せろと発言をした(前記第三の二1(三),(四)及び(七))というのであるから,前記の22回にわたる団体交渉の経過も併せ考えれば,原告は被告らが本件組合に87部の茶屋の経営を任せるように仕向けるために前記のとおり団体交渉を重ねていたことは十分考えられるということができる。

そうであるとすると,被告らが本件解雇当時に右に述べた事情を正確に認識していたとすれば,被告らの支部員や利用客の減少が続くという状況の下においては原告を雇用したままでは被告らの存続が危ういという認識と相まって,原告をこれ以上雇用し続けることはできないとして原告を解雇するという選択に傾くことは明らかであって,仮に被告らがそのような考えに基づいて原告を解雇したとしても,それは無理からぬことというべきであり,そのような理由による解雇は許されるものというべきである。

そして,被告らは当審において原告が87部の茶屋の経営権を奪う目的で団体交渉を重ねていたと主張しており,この主張に係る事情を本件解雇が解雇権の濫用には当たらないことを補強する趣旨で主張しているのであるから,結局のところ,被告らは当審において原告が被告らが本件組合に87部の茶屋の経営を任せるように仕向けるために前記のとおり団体交渉を重ねていたことも解雇の理由として挙げているというべきであり,本件解雇がいわゆる普通解雇である以上,本件解雇当時に客観的に存した解雇理由を追加して解雇の適法性を基礎づけることは許されるのであって,しかも,前記のとおりその立証は一応されているものというべきである。

そうすると,本件においては本件解雇に当たって原告には解雇に値するような行為や落ち度は何もないという前提そのものが欠けているのであって,被告らの経済的事情に照らしても原告を解雇する必要性はなかったことなどが認められるかどうかについて判断するまでもなく,本件解雇が理由らしい理由もないのにされたものであるということができないことは明らかである。

(三) 以上によれば,本件解雇が権利の濫用として無効であるということはできない。

三  争点3(本件解雇は不当労働行為に当たり無効か。)について

1  被告らと本件組合との団体交渉の経過は前記第三の二1で認定したとおりであり,被告らがその支部員全員が団体交渉に参加するという方針を採っており,被告らと本件組合は団体交渉の開催日時などを巡って対立し,平成6年6月から同年8月までの間は団体交渉が行われなかったが,そのことをもって実質的な団体交渉の拒否であるということはできない。

2  証拠(<証拠略>)によれば,原告が本件訴訟に先立って申し立てた地位保全仮処分命令申立事件(東京地方裁判所平成9年(ヨ)第21071号,同年(ヨ)第21119号)における被告らの主張は別紙8<略>のとおりであり,その仮処分手続における被告らの支部員の供述は別紙9<略>のとおりであることが認められるが,これらから被告らが本件組合を嫌悪していたこと及び本件組合を排除する目的で原告を解雇したことを自認していると認めることはできない。

3  証拠(<証拠略>)によれば,被告らの支部員が本件解雇後に行われた本件組合との立会団交において別紙10<略>のとおり発言をしていることが認められるが,これらから被告らが本件組合を嫌悪して本件解雇に及んだことを認めることはできない。

4  以上によれば,本件解雇が不当労働行為に当たり無効であるということはできない。

四  結論

以上によれば,原告は本件解雇により被告らの従業員たる地位を喪失したものというべきであるところ,原告の本訴請求はいずれも本件解雇の後も原告が被告らの従業員たる地位を有することを前提とするものであるから,その余について判断するまでもなく,原告の本訴請求はいずれも理由がない。

(裁判官 鈴木正紀)

別紙6 葛西支部の収入と人件費 (平成11年9月25日 葛西支部会計L作成)

<省略>

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